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『ん…っ』
目が醒めると、目の前には彼の顔があった。
『ぇ…!?』
思わず顔を背けたが、酷い偏頭痛にまた机に突っ伏した。
…机?彼?
だって、私は…皆に…って、
『ああ!?』
『ど、どうした?川瀬』
『かか肩の傷は?!』
指を差しながらまくし立てると怪訝そうな顔をされた。
『肩に傷を負った覚えは無いが。』
『でも、だって…嶺に…』
『嶺?…夢でも見たんだろ』
そんな、あれは…夢だったというのだろうか。
匂いも、音も、ましてや痛みさえも全て鮮明に思い出せるというのに…
疑心暗鬼にかられていると、カチャンと白磁器が揺れた。
『コーヒー、冷めるぞ』
『え、あ、うん…』
…まあ、いっか。
彼も無事だし。何より…
あんな現実、嫌だ。
忘れたい一心で一気にコーヒーを飲み干す。…流石にちょっとむせた。
『…大丈夫か?』
不審だとは思うが、気持ちの整理がきちんとついていないのだから仕方ない。とはいえ心配はかけたくない。
『大丈夫。』
とだけ言っておく。
『…それじゃ、帰るぞ。』
『あ、うん…!』
立ち上がって椅子にかかったコートをひったくるように取りる。
と、何かがひらりと落ちた。
『ん?』
しおりのような白い紙。表には何も…裏には…
"頑張って"
と、薄い文字で一言書いてあった。
『…頑張るよ。』
小さく、呟いた。
すると、頭上でコツコツと音がして見上げると、硝子越しに彼が顰めっ面で『か・え・る・ぞ』と口パクした。
そんな様子が可笑しくてクスクス笑うと、ぷいとそっぽを向いて歩き始めてしまった。
慌てて店を出て彼を追う。
勿論、銃声も金属音もしない。
ただ…あるがままの日常。
追い付いた私は、躊躇いながらも彼の手を握ってみた。
夢よりも暖かい、気がした。
『…頑張るよ』
私の再度放った呟きは、街の喧騒か…はたまた冬の白い空に消えた。
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