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「どうする?挨拶程度でもしとく?」
稔麿は俺に妖しく笑いかける。
今こいつの言っている挨拶はこんにちわ、とかじゃねぇ。
単純に考えれば直ぐに分かるが、疲れていたせいか俺は直ぐこの答えに辿り着けなかった。
「んぁ?そんぐらい良いんじゃねぇか?」
そう、言ってしまったのだ。
稔麿は袖から紐と簪を取り出して素早く髪をくくり、指先に粉状のものを付けて髪に刷り込む。
そして羽織を返し軽く紅を塗って目を大きく見開いた。
「どーでしょ?」
「すげぇ…」
俺は思わずあんぐりと口を開けたまま呆けた。
稔麿は今完全に美しい町娘と化している。
癖のある栗毛は真っ黒に染まり頭の上で綺麗に一まとめにされ、顔には紅だけの筈なのに完全に女の顔となっていた。
着物は元から仕込んでいたのか女物に早変わりだ。
「男なんて皆目検討もつかないな。」
「でしょ?晋作も女装とか似合いそうなんだけどな~」
稔麿は悪戯っぽく笑って山南さんに向かって静々と歩いていった。
「…………ん?」
そこで俺はやっと気付いたんだ。
高杉と繋がりのある恐れ。
羽織を返した時の刀を隠す変な行動。
『どうする?挨拶程度でもしとく?』
『あいつ…壬生狼だ。』
虚言の数々。
「山南さんが…危ない…!!」
俺の脳は想像以上に回りが遅かった。
はっとして稔麿を見れば既に山南さんに話し掛けている。
左手は口元を上品に押さえ、右手は既に柄を掴んでいた。
「くっ…」
俺は刀を構えて飛び出した。
間に合うか?間に合うか!?
稔麿が刀を抜く。
山南さんが目を見開いた。
『ガキィィイン!!!』
俺は次の瞬間言葉を失った。
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