第一話 泥まみれの始まり

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「どうする?挨拶程度でもしとく?」 稔麿は俺に妖しく笑いかける。 今こいつの言っている挨拶はこんにちわ、とかじゃねぇ。 単純に考えれば直ぐに分かるが、疲れていたせいか俺は直ぐこの答えに辿り着けなかった。 「んぁ?そんぐらい良いんじゃねぇか?」 そう、言ってしまったのだ。 稔麿は袖から紐と簪を取り出して素早く髪をくくり、指先に粉状のものを付けて髪に刷り込む。 そして羽織を返し軽く紅を塗って目を大きく見開いた。 「どーでしょ?」 「すげぇ…」 俺は思わずあんぐりと口を開けたまま呆けた。 稔麿は今完全に美しい町娘と化している。 癖のある栗毛は真っ黒に染まり頭の上で綺麗に一まとめにされ、顔には紅だけの筈なのに完全に女の顔となっていた。 着物は元から仕込んでいたのか女物に早変わりだ。 「男なんて皆目検討もつかないな。」 「でしょ?晋作も女装とか似合いそうなんだけどな~」 稔麿は悪戯っぽく笑って山南さんに向かって静々と歩いていった。 「…………ん?」 そこで俺はやっと気付いたんだ。 高杉と繋がりのある恐れ。 羽織を返した時の刀を隠す変な行動。 『どうする?挨拶程度でもしとく?』 『あいつ…壬生狼だ。』 虚言の数々。 「山南さんが…危ない…!!」 俺の脳は想像以上に回りが遅かった。 はっとして稔麿を見れば既に山南さんに話し掛けている。 左手は口元を上品に押さえ、右手は既に柄を掴んでいた。 「くっ…」 俺は刀を構えて飛び出した。 間に合うか?間に合うか!? 稔麿が刀を抜く。 山南さんが目を見開いた。 『ガキィィイン!!!』 俺は次の瞬間言葉を失った。
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