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夜の暗闇も黒々く深みを増してきた子の刻頃。
寒々しい風が吹きつつ、天には分厚い雨雲が広がる。
「一雨来そうだな…」
そんな中一人の侍が眠そうな目を擦り擦りだるそうに歩いていた。
彼は長州藩の尊攘過激派高杉晋作。
同じく尊攘派の桂小五郎と密会するべく、ある宿に向かって一人トボトボと歩いていたのだ。
本来密会場所に向かう際には誰かしらの護衛がつくのだが、稔麿の『大丈夫だよ!晋作だもん!』発言のせいで彼は今孤独にフラフラと歩いている。
「なんでこんな夜に出歩かなきゃいけねんだよ…桂の馬鹿野郎…」
フーッと溜め息をついてガシガシと頭を掻く。
桂は見掛けに寄らず結構偉い。
だから先送り…先送り…となって最終的にこんな時間に密会…っという事だ。
別に何時であろうが晋作は構わない。
だが今はジャスト壬生狼の見廻りの時間なのだ。
「…近道すっか。」
ふとそう呟き通っていた細道から大通りに出た。
大通りは限りなく静かだ。
聞こえるのは家々の隙間風の音としとしとと降り始めた雨粒の音程度というもの。
晋作は片袖通さずにのらりくらりと歩いていた。
「おい」
ふと声をかけられる。
くるりと振り替えればそこには晋作と同じくだるそうに歩く男が一人。
晋作は軽く返事を返すと雨に濡れた髪を掻き上げて口角をくっと歪ませた。
「よぉ、何か用か?
俺壬生狼に追い掛けられる覚えは無いんだが。」
「惚けるな。顔は既に割れてるんだよ高杉晋作。」
男はカチャリと刀の柄に手を添える。
「俺と殺り合おうってのかぁ?無謀な奴だ。」
晋作はニヤリと妖しく笑って同じく刀に手を添えた。
「よぉ、土方歳三。」
そう、彼こそは壬生狼士組副長土方歳三。
着流しの所を見ると散歩の帰りがけか何かに見つけたのだろう。
それかたまたま見掛けて話し掛けてきたか…
どちらにしろ見廻りで見掛けた訳ではなさそうだ。
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