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その茶屋は侍から子供まで、皆がまったりとお喋りをしている血の気も知らぬ様な所だった。
「お泰さーん」
男は奥の間で編み物をしていた女を呼んで手招きした。
「あら敬介はんやないの!どないしたん?」
「いやね、ちょいとばかし彼に着物を貸してくれないかと。」
男は俺を指して眉を垂れる。
「あら…泥だらけやなぁ!
旦那目立たへん色着とうて本間に運が良こうたなぁ。」
お泰と呼ばれた女は優しく微笑んで奥の間に入っていった。
………黄緑色は中々目立つ色と思うのだが。
「お泰さんは明里の親戚なんです。
旦那さんを亡くして女手一つで双子を育て上げた立派な方なのですよ。」
男はふふっと笑って天を仰いだ。
その顔には懐かしむような嬉しむような何とも言えない感情が浮かんでいる。
「その明里とは……「はーいはいはいっ!」
恋仲なのか?と聞こうとした時、お泰がぱたぱたと戻ってきた。
その両手には大量の着物が抱えられている。
「はいっ!旦那のお古なんやけどまだ着れはるやろから!」
どさっと置かれた5、6着は皆暗い色に綺麗な感じの模様が成った着物だ。
「これはまた…良くこんなに残って居りましたね。」
「なぁに言ってますのん!
これらは将来子供達が着るんねや!うちは貧乏なんどすから!」
お泰はけらけらと笑いながら少しだけ寂しい顔をした。
そんな彼等を尻目に俺は着物をじっくりと見ていた。
…なぜこんなに暗い色ばかりなんだ?
俺は明るい派手な柄が好きだ。
例えば桂から送らてきた着物を染め直す位に。
まぁこの女の夫がそう言う奴では無かったのだろう。
「…これ借りる。」
おれはその中で最も色の多い着物を選んだ。
「あ、はい!そこの部屋空いてるやさかい、自由にお使いよって!」
「分かった。」
俺は着物を持ってその部屋へと入っていった。
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