はしがき

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 特に目的があって来たわけではない。勿論、読もうと決めた本もない。それでも私は館内をおもむろに歩き、本棚の一つひとつを眺めて回った。新鮮な雰囲気を味わいながら、自分には馴染みの薄い本を見て回るのは、春うららの散歩道を歩くようなものだ。つまり、心地良い。  医学、料理、雑誌、現代小説、宗教、実に様々な知識が詰まった本を手に取り、一瞥しては本棚に戻す。これだっ、という本を探すというよりも、映画前の宣伝映像を連続的に観るようで飽きないのだ。  だが、宣伝がいつか終わり本編が始まるように、自分のその行為にも終止符が打たれた。どうも図書館の係員らしき女性が、訝しげな視線をこちらに送っていたのだ。確かに、平日の昼間から図書館内を散策するには、私の風体は場違いかもしれない。それに、挙動も不審がられるものだ。当てのない本探し、図書館には無粋だったか。  
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