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「あれは酷い事件だったと思いますよ。身近であっただけにそう感じる。ですが、今のあなたは酷く落ち着いているように見えるが…」
デスラーの元に死んだ人間が依頼に来ることは珍しくない。むしろ、生きている人間より数は多いだろう。
だが、菜々子のように凄惨な殺され方をした者は、強い恐怖や怨みが渦巻く精神状態で亡くなる為に、正気を保っていられるケースは殆ど無い。そもそもデスラーへの依頼は、正気である依頼者が、狂気に取り込まれた近しい人の魂を鎮めて欲しいというものが基本である。狂気に捕らわれた魂は、そんなことを考える余裕は無いのだから。
腑に落ちないのは、3ヶ月前の事件の被害者は菜々子1人だと言うこと。その菜々子が落ち着いた様子でここに居る。平静を保っていられる魂ならば、程なく成仏出来るだろう。依頼対象が菜々子自身で無いのならば、事件とは関係ない人物への依頼なのだろうか。その疑問は払うように菜々子は説明を始めた。
「そうです。確かに自分でも酷い最後だったと思うけど……今は落ち着いています。沢山の人が私の死に涙を流してくれて…生前に言って貰えなかったような言葉を貰って…。亡くなって初めて感じました。今まで私は沢山の人の愛の中で生きていたのだと。心の篭もった弔いで私の魂は鎮まることが出来たんです。」
「あなたのように自らそういう気持ちにたどり着いてくれたら、僕の仕事はいらないんですがね。あなたで無いとすれば…僕は誰の魂を鎮めたらいいんだ。」
問い掛けが核心に触れると菜々子は悲しそうな顔をした。
「それは…私の交際相手です。彼氏は…浩介は…事件の1ヶ月後に自殺しました。浩介は未だに苦しみから解放されず、この世界にしがみついています。どうか…どうか…明るかった浩介に、優しかった浩介に戻してあげて。そうしたら2人であちらへ行けるから…。」
菜々子は嗚咽を必死に堪えながら、話を終えた。
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