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僕の部屋は庭に面していて、すぐそこに大きな桜の木があった。
屋敷の屋根より高い立派な桜の木だった。
すぐ手の届くところにまで枝が伸びていて
散った花びらでバルコニーはうっすらピンク色になっていた。
花びらが一枚落ちてきて
手を伸ばして掴んでみる。
「お願いしたら叶うかな」
なんとなくそんな気がして
声に出してみた
「僕を自由にして…」
手のひらを離れた花びらはひらひらと風に舞いながらゆっくりと落ちていく。
「推定秒速5センチメートルってとこかな」
ただ美しいと思えればそれで十分なのに
こんな事でさえ物理的に捉えてしまう自分に苦笑する。
握りしめた拳を見つめてそんなことを考えていると
どこからか声をかけられた。
『ねぇ、自由になりたいの?』
誰?
はっとして辺りを見回す。
『こーこ、あんたの真下。』
そう言われて下を見ると
枝が重なってよく見えないが
桜の枝に男の子が腰掛けていた。
「誰?」
『さぁ。誰だと思う?』
顔の見えないその男の子はひょうひょうと
答えになっていない答えを返して来る。
「わからないよ。それにここ、うちの庭だし。」
こいつオートセキュリティのうちの敷地にどうやって入ってきたんだ?
『そう、ここは君の家の庭だ。』
そう言いながら枝を伝って上に登って来る。
「はぁ…父さんに見つかったらどうするんだよ。正気か?」
一歩下がって相手が登って来るのを待つ。
『ははっ、正気かって?』
木々が擦れ合う音がして
手すりに手がかけられた
『んなわけねぇだろ…よっ!』
手すりを乗り越えてバルコニーに降り立ったそいつは
『迎えにきたよ…アリス』
俺の心を一瞬にして奪っていった。
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