1幕

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「失礼します、ライム将軍。夕方の訓練を終了しました。」 ライムの部屋の扉越しに将校が報告する。 木で作られたライム部屋は、ランプのオレンジの光のお陰で、暖かく明るい印象を受ける。 しかし、壁にあるささくれや、扉のちょっとした歪みを見る限り、とても豪華とは言えなかった。 「よし、各自、馬の世話をして夕食の支度をしろ。」 言ってからライムは視線を元に戻した。 部屋の事を気にしている様子は全くない。 それどころか、どこか満足そうに頷いていた。 「やれやれ、しみじみと副軍に移ってきてよかったと思えるな。皆の活気が全然違う。」 机の上には地図が乗っている。 兵舎周辺のものではなく、前線 基地から魔族の領内のもののようだ。 ライムは地図に何か記していた。 川の側には流れの速さや幅。 山の側には地質や高さ。 情報は細かく、多岐に渡っている。 その情報も、先日放った斥候に探らせた最新のものらしい。 魔軍と戦うときに地図を描くのは、ライムの習慣になっていた。 「主軍の新兵は少し走らせただけですぐダウンですものね。 私に色目を使ってきたやさ男達が泣きながら倒れていくのは爽快だったわ。」 机の反対に座っている副官が白い歯を見せながら言う。 その身に纏っている銀の装備から、高貴な血筋であることが分かる。 質素な椅子と乱暴な言葉遣いは、高級な装備と上品な立ち振舞いにはそぐわなく、どこかバランスが悪い。 さらに言えば、天軍12万の中で、女の将校は一人しかいない。 銀の帷子に記されている紋章はノーツ王家のものだった。 「ははは、妹ながら頼もしいな。新兵で主軍に入ってくる様な奴らはどっかの金持ちのお坊ちゃまだろう。 コハルのように戦場で駆けずり回る気がないのさ。はなから。」 「あら、私がいつ駆けずり回りました? 実戦で馬から落とされたことなどないのですが?お兄様。」 コハルと呼ばれた女は不敵な笑みを浮かべている。 「負けの経験がないと言うのも不幸なものだな。 驕りが死に繋がることくらい分かるだろう。」 コハルはライムの妹で、副官という立場だ。 高貴な家柄のうら若い娘が戦場に出るなど前代未聞ではあったが、この峻烈な性格と才覚から周りもその選択を受け入れるしかなかった。 そして、今では周りの将校もコハルの才能を認めている。
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