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「コハル、王の命令にどうこう言うのは私の前だけにしておけよ。」
「分かっています。しかしいま龍の国に攻めることになんの意味があると言うんでしょうか。
やるなら魔族の方でしょう。
龍の国では、族を問わず入国する者を受け入れていると聞きます。
天族、魔族以外の小さな族の多くが平和に暮らしているとも。」
そんなことは、ライムにだって分かっていた。
しかし、だからこそ首を縦に振ることはできない。
ライムがするべきは、下官の不満に同意する事じゃないのだ。
「…もう決まったことだ。それに我々には我々の仕事がある。
お前の言うとおり魔族を攻めるのだ。」
魔族に副軍4万で攻め入り、龍族の国境が手薄になったところを主軍が攻める。
という作戦だった。
そこからも王の臆病さが見えてくる。
もちろんコハルはその答えに納得しない。
上官に食いかかるのは、兄に対する甘えからではない。
「我々はあくまで囮、真の目的は龍族のほうでしょう。平和に暮らしているだけの龍族を。」
真っ直ぐライムの瞳を見てくる。
妹は天族一の美麗と言われていた祖母の目をそっくり受け継いでいる。
ライムは妹から卓上の地図へ視線を戻した。
「もう下がれ。お前も今回は1千の兵を率いることになるのだ。秋が終わるまでまだ時間がある。魔軍の将軍は手ごわいぞ。」
ライムにもう話す気が無い事を知ると、諦めたようにコハルは固く結んだ口を緩めた。
「…分かりました。
調練についてはいつも以上に厳しくしますわ。それとお兄様、家の書庫の軍学書で何冊か質問したい所があるんですが。」
席を立ちながらコハルが言う。
声にはまだ不満の色が残っていた。
「私は明日の早朝から長駆の訓練に出る。戻ってくるのは3日後になるがいいか。」
「はい。それでは、おやすみなさいお兄様。」
扉がゆっくりと閉まった。
コハルの言うことはよく分かる。
龍族を攻め立てて何になるのか。
おそらく王は手っ取り早く手柄を立てたいんだろう。
平和に暮らしているだけの族を虐殺してまでも。
ライムはそれ以上考えるのをやめた。
私はもう王族ではなく、軍人として忠実に王に従うべきなのだ。
再び地図に目を向けて、斥候からの情報を書き込む作業を続ける。
すべてが終わったのは夜中だった。
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