やっくん

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片付けが終わる頃、棟方さんはお菓子を配る準備をしていた。 二人分のお菓子を受け取り、やっくんに手渡す。 それをみていた保護者が僕に話しかける。 「今日はありがとうね」 「いえ、とんでもないです」 「まだ大学生なんでしょ?またきてくれる?」 「時間が合えば」 なぜだか言葉が重たくのしかかる。 「池上くん」 呼び止めたのは棟方さんだ。 駆け寄るとそそくさと駅の方向へ歩きだし、後についてくるよう手で合図をしている。 「今日はありがとう」 「いえ」 いつになく小声の棟方さんに空気が変わった。 「どやった?」 「大変でしたけど、やっくんと仲良くなれてよかったです」 「また来ようと思うか?」 質問の意図がみえなかった。 「まぁ時間があれば」 「保護者は期待するで」 棟方さんは急に立ち止まり話を続ける。 「すがる気持ちにこたえる余裕があるか?」 「え?」 「施設の連絡先を渡しておくわな」 メモ書きを差し出す棟方さんの手はごつごつして大きかった。 「中途半端な優しさはな、時として過度の期待をもたせるんや」 「…」 「まぁゆっくり考えてくれや」 棟方さんは軽く手を振って戻っていった。 帰りの電車は空いていて、今日の出来事を考えさせるに適した静けさだ。 それ以来、ボランティアには二度と参加できなかった。
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