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やがて燃え盛る赤が形を潜め、景色の向こうにドラゴンの姿があった。
雄々しく広げていた翼がどこか萎縮し、大木のような首も気怠そうに僅かに下がっていた。
俺の目にも明らかな疲弊の色だ。それもそうだろう。なにせ、ガス欠になるまで火炎を吐き続けていたのだろうから。
そんなドラゴンに対し、俺の肩の上で小さく一息吐いたリオは、
「ふう、疲れた」
涼しげな顔をしてぐっと伸びをした。うそこけ、と言いたい。
指一本触れずしてドラゴンを汗一つかかずにあそこまで追い詰めたくせに、よく言う。
今でも信じがたいぞ、本当に。
だがこの現実を信じられないのは俺だけじゃない。ドラゴンだって、いやむしろドラゴンのほうがそうだろう。
そう、何かの間違い。そう言わんばかりに、その鋭い目でこっちを睨み付けてきた。
「……お、おい」
さっきまで俺と炎との間に隔たっていた薄透明な壁のようなものはもう無い。
考えたくないが、ドラゴンがあの極太の尻尾を振り回せば俺の体は簡単に空中散歩するだろう。それがありえる距離なのだから、狼狽えるのも仕方ない。
しかし。
「ん、まだやる?」
肩の上のリオが、えらくのんびりした口調でそんなことを言うではないか。
果たして人語を理解したのかは定かではないが、ドラゴンは小さく唸り声を上げた。まるで、当たり前だと言わんばかりに。
思わず縮み上がってしまう俺なのだが、心の準備ができる前にリオがこんなことを言ってしまうのだ。
「んー、別に良いけど、カズミに怪我させたくないの。やめない?」
まるで、子供に言い聞かせるようだった。まるで、必死に指をかじる蟻を優しく引きはがすような言葉だった。
優しく、静かに諭すリオの声に、ドラゴンの様子が変わってしまった。
翼を折りたたみ、鋭い牙をちらつかせていた口を閉じ、ぎらつかせて思いっきり開いていた瞳孔も閉じて。驚くほどに分かりやすく、ドラゴンはファイティングポーズを解除したのだった。
リオの言葉の効果たるや、素人目にもとても分かりやすくてきめんだったようだ。
果てしなく不服の致すところだったが。
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