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半身振り向くと、腰の曲がった老婆が俺の背中に手を伸ばしていた。その指が、つつつ、とまるでナメクジのように背中をなぞる。悪寒が背筋を全力ダッシュした。
「オイコラ」
半ば振り払うようにその老婆に正対する。
「ふぇっふぇっふぇ」
ふぇっふぇっふぇ、じゃねーだろ婆ちゃん。
そしてその顔は、やっぱり一切の隆起もないまっさら能面だった。老人特有のシワもないのは喜ばしい……のだろうか。
できるだけその顔のない顔を見ないように顔を逸らしていた俺の脇を通りすぎ、リオが能面婆ちゃんに駆け足で近寄った。
「能面おばあちゃーん」
そしてあろうことか、抱き付いたではないか。何か感動的なエピソードがあるようには思えなかったが、どうやら単純にリオは婆ちゃんに懐いているらしい。
婆ちゃんはそのシワだらけの手でリオの頭を撫でる。傍から見れば、命でも吸い取っているのではないかとすら思ってしまう光景である。
「……無害なのか、その婆ちゃんは」
「うん、人畜無害」
「その表現は人間っぽくないな」
人にはともかく、家畜にも無害か。普通の人間なら家畜に有害な婆ちゃんなんかいない。
「え? おばあちゃんも人間だよね」
「ふぇっふぇっふぇ」
「あぁもういい、聞きたくない聞きたくない」
俺は背を向けて手をひらひらと泳がせた。
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