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数瞬の間は凌巡の間。
長く、ひたすらに長く感じたその一瞬の後、ようやくリオが声を絞り出した。
「……いいの?」
「良いも何も、俺が嫌だって言ったって引っ張り回すのがおまえだからな」
自分でも驚くほど、言葉はすんなりと出てきた。
しかも、不安の裏返しでもあるそれは、「俺の知るリオという少女ならこうしただろう」という迷信に近いものを、己の妄想の中のリオの代わりに言葉にしただけだ。
俺は婆ちゃんがどうこうの前に、自分の不安を掻き消すためにそう言っていた。
リオなら迷うはずもないんだ。
人を助けることに、人の為になることに、人の善となることに、自分を顧みず、危険を厭わず、体を賭して。
誰より率先して、誰より徹底して、誰より盲目的に。
人の為に生きているような、そんなリオが、迷うはずがない、はずだった。
俺の不安を掻き立てるかのように、リオの表情はまだ暗い。
不安が破裂してしまうのが、あまりにも怖かった。
……ええい、たまには俺が引っ張ってやるのも悪くない、ってことにしておいてやる。
「なぁ、ばーちゃん。すぐに見つけてきてやるよ」
リオの後ろに突っ立っているばーちゃんにブイすると、そのままリオの腕を掴む。
掴んで、引っ張り上げて、肩の上に乗っける。
「へ?」
「うし、いっくぜー」
「ちょ、ちょっとカズ──」
有無を言わさず、俺の足は地面を蹴り上げた。
第一歩目からトップギアで、積もりそうな不安を置き去りにしようと、ただ走る。
行き先なんて、二の次だった。
ただ、あそこから、あの空気から、逃げ出したかった。
自分が死んだことよりよっぽど信じたくない不安が、そこにあった。
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