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まさに、右も左も分からない。そんな状況で立ちつくしていると、誰かに肩をぽんぽん、と叩かれた。正直かなり驚いたのは秘密だ。
「……?」
驚きを隠しつつ、振り返る。そこには、年老いて杖をついているおばあちゃんがいた。
「どうかしたかい、オバーチャン」
俺の肩を叩いたであろう片手を上げたままの姿勢で、老婆は黙していた。ふむ、こういうのはちょっと困りものなんだけどな。やつれた着物を身に纏った老婆は、人を呼んでおいていつまでもだんまりを保っていた。
こんなの、俺じゃなくても訝しむ。
俺は顔を伏せるバーチャンを覗き込もうとして、
「うぉわぁっ!?」
ビビった。そりゃもう、本当にびっくらこいた。飛び上がって尻餅付くくらいビックリだ。
なにせ、この婆ちゃん……顔がない。
正確には、眉毛から目、鼻、口が。あるべき場所には何もない。凹凸も何もない顔面は能面のようで、というかめちゃくちゃコワイ。
「~~!?」
情けなくも全力ダッシュ。取って食われそうな気がして、脱兎の如く逃げ出した。
逃げながら俺はいよいよ、今立っているここが今まで自分が住んでいた世界じゃないことを悟り始めていた。
悪夢だ、悪夢。なんだよあれは!
一応バスケットマンな俺、スタミナだけは無尽蔵。
ようやく息が切れたころには、町の様相がすっかり様変わりしていた。
あの老婆の姿も跡形もなく、ようやく息を整えて気を休める。
ゆっくりと思考がクリアになると共に、様変わりした町の風景とは裏腹に快活な喧噪だけは相変わらずなことに気付いた。
暢気だな、あんなバケモノが白昼堂々徘徊してるというのに。それとも、あれも『いつもの風景』なのだろうか。
とんでもなく恐ろしい想像に身を震わせながら、俺は賑わいの中に不協和音が混ざっているのに気付いた。
怒鳴り声か。多分、男のもの。聞き耳を立ててみる。
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