幻栄の街

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 トリトバはカヴィールの真北に八里ほど行ったところに位置する。その間には厳しい乾燥したの大地が広がるのみで、小さな村も道標さえない。  砂埃舞う砂礫の荒野を二人は歩いている。 「暑い」  リンが口元に巻いていた防塵用スカーフを下ろして呟く。  埃除けのヴェールを被っているため特徴的な紺の髪が隠れている上に影になって目元は見えない。これに鼻まで覆う防塵用スカーフを巻けば完全に顔が隠れてしまう。  まあ、このあたりではそれが当たり前なのだがどうにも違和感があるのか、リンはさっきからスカーフを着けたり外したりしている。 「ちゃんとスカーフ巻いておかないと口に砂が入るぞ」  対するシャンも白い布を巻いて頭を強い日差しから守り、口元には同じようにスカーフを巻いている。背中にはかなり大きなリュックを背負う。  リンは嫌そうに顔を歪める。 「それはそうだけとこれ、口元がかなり蒸れるから気持ち悪い」 「仕方ないだろ。第一それを付けとけば乾燥も防げるから良いじゃないか」  シャンの投げやりな返答。 「乾燥は防げるけど、通気性悪すぎ!口だけ不快度指数が百に近いんだけど!」  リンは思わず声を荒げる。 「俺に言うな。どうにもならない」  イライラとシャンは答える。  空気が静電気を帯びたような緊張感が漂う。 「私はシャンなんかに頼んでない。  そもそもシャンじゃどうにもできない事ぐらい知ってるし」 「だったら黙って歩け」  2人の歩く速度が徐々に上がる。 「いちいち返答しなくても良いんだけど」 「別に俺もお前にしゃべってるんじゃない」  気温が上がっていく錯覚を覚える。 「あんまり大きな声出さないでくれる?普通に聞こえてる」 「そっちこそ無駄口叩くと喉が渇くぞ。水は貴重だから浪費するなよ」  『歩く』から『走る』に変わった。  2人とも全力疾走。砂礫の荒野に低レベルな罵りが響く。
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