Section 1-1

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【──2週間前】  放課後、壁や設備が真新しい学校の教室で新入生たちが友達の輪を互いに広げている中、伊織龍也は含み笑いを浮かべながら1人で自分の席に座って、“新入生募集中! 初心者大歓迎!”と書かれた紙を眺めていた。  中3から抱き続けてきた伊織の夢が、今まさに叶おうとしている。ニヤニヤ笑いも止まらない。  窓の外では春の息吹を感じさせる桜花が萌え、まだ寒さが残る校庭は少しずつ新しい命を芽吹かせていた。傾いた陽の光が橙色に輝き、それに煽られた動物たちが行動を始めるように、窓から見える運動場には部活動へ繰り出す生徒で溢れかえっている。  伊織は穴が開くほど見続けた“軽音部”という紙に書かれた言葉に、再び視線を置く。中3の文化祭の時にしたバンド演奏で音楽の世界に魅入られてしまった伊織は、高校に入ったら必ず軽音部に入ってバンドをしようと心に決めていた。  口で伝わらない自分が感じた複雑な感情を音に乗せて届けることが出来る。しかもそれが部活動で出来る。これ以上の充実した高校生活が他にあるとは思えない。まさに軽音部こそ伊織が真に求めていた部活動だった。  考えが1周し、伊織はまた笑みが込み上げてくるのを顔を歪ませて我慢しながら時計に視線を向ける。あともう少しで待ちに待った部活見学の時間がやってくる。何とか落ち着きを取り戻そうと、もう1度手の中にある入部勧誘の紙を眺めた。
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