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伊織の頭の中にはギターをかき鳴らす自分の姿よりも、今日の晩御飯のメニューが力強く浮かび上がってくる。
ああお腹空いた。肉じゃが食べたい。雑念中の雑念を抱きながら、伊織も相手の見よう見まねで竹刀を構え、2、3度踏み込めば竹刀の先が届く位置で相手と対峙する。
「それでは、始め!」
号令がかかった瞬間、突然耳鳴りに襲われた。大音量で、金属同士を擦り合わせたような頭が重たくなるような甲高い音。
「いってぇぇぇぇ!?」
悲鳴を上げる。咄嗟に両手で耳を塞ぐ──ことはできない。顔につけた防具がしっかりと伊織自身の手を妨害する。
突然の出来事に伊織はパニック状態になり、何度も何度も本来は耳があるところを塞ごうとする。耳鳴りは収まらない。まるで脳細胞が電撃を浴びて壊されていくような感覚が伊織の全身を駆け巡る。
ぞくりと身体を捩じらせた瞬間、目の前に迫る人影。
「面ッ!!」
相手が振り下ろした竹刀が何にも抵抗されること無く頭に落ち、水風船が割れて中身の水が飛び散る。
伊織が息を呑んだ瞬間、伊織の身体についていた水風船はあっという間に全て破壊されてしまった。すぐさま楠木の声が響く。
「よし、止め。次の試合にいくぞ」
伊織は何が起きたのか全く理解できないままだったが、自分の音楽生活が幕を閉じたことは理解できた。結局耳鳴りが鳴り止んだのは、この二次試験全体が終わるまでだった。
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