いつか帰るところ

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開かれた扉の隙間から覗く女性の表情には不安の色が映っている。 あたしと女性の目が合う。 言葉を発しようとするが詰まる。 それを察したか、女性はにこやかに微笑み、あたしを招き入れてくれた。 簡単に互いの自己紹介を済ませ、あたしは手短にシスター・スネークがこの孤児院を乗っ取ろうとしていて、すぐにでもここにやってくるという事を伝えた。 彼女、メアリーはスネークが先日ここを訪れ、立ち退きを要求してきたという。 もうすでになのね。 あたしは軽く舌打ちする。 「ここはあたしに任せて」 その言葉にメアリーは怪訝な表情を見せる。 当然だ。 見ず知らずがいきなり自身の窮地に肩入れしてくる。 これを不自然と言わずして何と言うべきか。 でも、あたしはそれで納得して欲しかった。 それだけで。 あたしはメアリーの方を見ない。 返答は必要ない。 決めたの、これは。 メアリーはこちらを暫く見つめ、少し笑った。 笑うって? 今度はあたしが不思議。 メアリーはさらに柔らかい表情で笑いだす。 「ごめんなさい。いきなり笑ったりして。あなたは優しいのね」 優しい。 言葉をパズルに例えるなら、そのピースはあたしに嵌まらない。だろう。 しかし、何故かその言葉そのものに包まれるかのような安心感。 それは彼女の持つ、力のようなもの。 あたしは妙な安らぎを感じていた。 そして我にかえる。 「メアリー、あなたはもう休みなさい」 あとはあたしがやる。 メアリーは暫く考えた。 目を閉じて、考えた。 「わかったわ。ありがとう」 そして了承。 無理しないでね。 いたわりの言葉を残し、彼女は奥に去った。 姿が消え、もう見えない背中にあたしは呟く。 おやすみ、 マザー・メアリー。 ――――――― マザー・メアリー。 その少女だけが彼女をそう呼んだ。 同じ様に身寄りをなくし、ここに連れてこられた子供たちは皆、ママと呼ぶ。 不安と孤独。 行き場をなくし、枯れてしまいそうな心を、彼女は癒してくれた。 だが、その少女は笑顔を見せなかった。 いつも他の子供たちから距離を置き、独りでいることが多かった。 その日も、外で遊ぶ他の子らとはぐれて院内で本を読む少女にメアリーは話しかけた。 どうして皆と遊ばないの? 少女は答える様子がない。 だが、いつまでも柔らかな笑顔で隣に座り続けるメアリーに根負けして答えた。 あたしといると、みんな不幸になるから。
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