246人が本棚に入れています
本棚に追加
1/
唐突で申し訳ないのだが、桐原さんはおかまだ。
勿論、電子ジャーの方ではなくニューハーフの方。
そして哀しいことに桐原さんは俺の叔父である。
「あら、また喧嘩?」
余談だが“工事”は一切しておらず、野太い声と青髭面が眼前へと肉薄した。
「一方的に痛めつけられるのを喧嘩と呼べるのなら」
「あら、楓はそっち系だったの?」
「あれー? 日本語通じてる?」
「冗談よ冗談。いいからこっちにきなさい」
これがラブコメか何かならグラマーなお姉さんに治療して貰えるのだろう。
そしてこれがエロゲーならば治療と称した性行為がもれなく付いてくるのかもしれないのだが、非常に残念なことにこれは現実で、それを象徴するかのように俺の目の前では逞しいおっさ――……否、桐原さんが鼻息荒く傷口に消毒液を塗ってくれていた。
「でも、まだいじめられてたのねー」
「……いや、今日のは少し違う」
傷口が悲鳴を上げる。
確かに、三日に一度はクラスメートから理不尽な暴力を振るわれてはいるがそれは一昨日のイベントで、今日の怪我は名誉のと付けたいほどに高尚な行為によって受けたものであり、それを自慢するためにわざわざ桐原さんが経営する牛丼屋に脚を運んだのだ。
勿論、汁だくの牛丼目当てでもあるのだが。
「商店街の路地裏で女の子が絡まれててさ」
もっとも、それは比良坂千早ではなく。
「あら嫌だ。どうしてそんなところへ行ったのよ」
繋がりかけの眉がピクリと微動した。
何故か。
理由を話すとたちまち笑い話へと変化しそうなので、気まずく口を噤む。
『今日から私はアナタの性奴隷よ』
夢で見た彼女が気になって――なんて口に出来るはずがない。
我ながら馬鹿げた思考回路だと、嘆息せざるを得ないくらいなのだ。
けれど彼女に出会えばこのくだらない日常が終わるのだ、と夢に対して本気で夢物語を描いていたのだから救いようがないだろう。
自分でも呆れてしまう話をどうして桐原さんに言えようか。
生憎とこれ以上傷口を広げて愉悦に浸れるほど、俺の性癖はアブノーマルではない。
最初のコメントを投稿しよう!