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「お見合いでね、結婚がきまってたんです。うちの父の会社と相手の父が政治家とつながりを持つため、親同士決めた政略結婚やった」
世は平成と言われているが未だにそういう政略結婚がまかり通るかとため息がもれた。
「でもうち、その相手のこと好きになってしもて。ほんまに結婚するんが楽しみやった。でも相手には、忘れられへん人がおって……」
呼吸を整え間合いをとりながら、懸命に俺に伝えようとしていた、長い黒髪に隠れその表情は伺えない、だがきっと悲しみの色が彼女を染め上げているのだろう。
「式の1ヶ月前に、彼から結婚できないって告白されました、リストカット始めたのはそのあたりでした。せやけどお互いの両親は彼の気持ちを汲み取らずうちとの結婚をすすめていきました。どこかでうちはその事を喜んでたですね。このまま結婚できるんちゃうかな……て。でも彼は式の一週間前に姿を消しました。そして……式当日彼は現れませんでした」
「そっか」
俺は彼女の話に優しく頷く。
彼女は更に悲しみの色を濃くしながら、話をつづけた。
「それであの日、朝早くに父から連絡があって罵られました。嫁に行くくらいしか親孝行出来ん役立たずのお前が、この親不孝……て、うち……もう死にたくて死にたくて」
話終えると彼女は涙と悔しさと悲しみでぐじゃぐじゃになった顔をむけて俺に抱きついてきた。
その弱々しい背中をトントンと叩いてやった。
きっと彼女が望んでいたものは自分を認めてくれる存在。
俺は赤ん坊をあやすようにひたすら彼女の背中を叩き続けた。
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