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家に戻り玄関の扉を見つめる。
会社の事を何て切り出そうか……。
そんなことを考えながら扉を開いた。
すると、カミさんが泣きながら俺に飛びついてきた。
「あっ……あなた……良かった!」
「絵理、いったいなんなんだ……」
訳がわからず狼狽えていると、カミさんが俺の胸ポケットを指差した。
「社長から、電話あったの。それでリストラのこと、早退したこと聞いた……でも貴方帰ってこないし、携帯もでないし。心配で心配で……」
泣きながら答え、震えている絵理を抱き寄せた。
暫く触れていなかったその感触は温かく、柔らかで、心が安らかになっていく。
いつの間にか俺の目からは涙がこぼれ落ちていた。
「悪かった……」
職を失うという喪失感よりも、今日自殺なんて事を考えた自分自身が怖くなった。
「家族三人で頑張りましょうよ……会社にあなたの代わりはいるかもしれない、だけどこの家であなたの代わりは何処にもいないのよ、だから……」
全てを見透かしたかのような絵理の言葉。
出会ったときから時を重ね、すこし丸くなった彼女。
だけど何一つかわっていないところがある。
ずっと俺を見ていてくれている。
俺は絵理に何年ぶりかの口づけを落とした。
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