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――前方で突然響いたバイオリンの音は、僕の世界を輝かせた。
一時聴けば体が震え、二時聴けば心さえも揺さぶられてしまう、そんな美しい音。清らかで、爽やかで、この草原と恐ろしくマッチしている、そんなバイオリンだった。
僕は、こちらに背を向けて切り株へ腰掛けた少女を見付けた。あそこから、優雅な音色が踊っている。
近付こうか、どうしようか……。
僕は少し迷っていたが、気付くと、バイオリンの音に手を引かれるように歩き出した。
一歩一歩、歩く度に風が頬を撫でる。草花が日の光に照り、どこからか鳥の歌声も聞こえてきた。
僕は、その全てがバイオリンの音によって作られているのではないかと錯覚した。
この、視界いっぱいに広がる壮大な自然も。綿のように柔らかな風も。雑草の青々しい匂いも。
全てが、華麗なバイオリンの集大成だ。春の陽気のような、麗らかでいて温かいバイオリンの音色に、僕はすっかり魅せられていた。
――不思議な、音楽だ。
しっとりとした耳障りなのに、一度体内に入ると少しずつ熱くなる。体の奥底、内側から、じわーっと熱が生まれていった。それなのに、腋からは氷のように冷たい汗が滴っていく。
段々、バイオリンの歌声は妖しくなっていった。雲のような、掴み切れない薄紫の声色に見える。僕の体を駆け巡り、全身を熱くさせていく。
穏やかだった音色は姿を消し、春の陽気から夏へ、風から激しい暴風となり、僕の中で暴れていった。
しかし。それでいて、とても綺麗だ。
僕は……すっかり、魅了されていた。
――物語は、この三時間前から始まる。
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