1 新しいワタシ

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5月の終わり、香那美はこの会社に入社した。 結婚するつもりでいた彼氏にフラれて、何もかもがどうでもよくなり、走った不倫が問題となって会社を追われた。 彼以外の人なんてどうでもいいくせに一人が寂しくて、でも新しい恋をするほどパワーはなくて、結局終わりの見える関係に流された。 終わりがわかっていれば、心が砕かれることはないそう思って・・・ けれど現実はそんなに優しくはなかった。 その妻が会社に乗り込んできてドロドロの愛憎劇が社内で繰り広げられ、結局香那美は会社にいられなくなった。 仕事を辞めて、何も手につかず、結局忘れられなかった元彼との曖昧な関係にどっぷり漬かり、どうしようもなくなった香那美に、友人の真琴が手を差し伸べた。 『明日のことを考えよう。仕事を見つけて、新しい場所で暮らして、新しい香那美を作りなよ』 苦しかった香那美は、その言葉だけを頼りに仕事を探して、少し離れた新しい土地で、今の仕事に就いた。 恋愛はもういい。 辛いのは嫌だ。 パワーもない。 新しい自分は、ひっそりと目立たず、そして日常にささやかな幸せを感じられる。 そんな自分をつくろうと思った。 幸い仕事は自分に合っていた。 前働いていた所よりも規模が大きく、事務といってもデスクワークだけじゃなくて受付にも立ったりする。 営業部と一緒の大きなフロアは活気があって、頼まれた仕事が誰かの役に立っていると実感できた。 もともと真面目な香那美は仕事を覚えるのが早く、褒められると余計仕事に熱が入った。 恋愛にだけ傾けていた情熱を、仕事に傾ければいい。 仕事は自分を裏切らない。 握る収入印紙の袋に自然と力が入る。 明るく照らされた会社の自動ドアを香那美は急ぎ足で潜り抜けた。
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