SCENE.20 ABSOLUTE

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楽しい。本当に楽しい。 前を走る車がいて楽しい。 それを追い掛けるのが楽しい。 持っている技術を全て出せるのが楽しい。 車を運転するのが楽しい。 今現在自分自身が置かれている状況下、全てが楽しい。 ずっと自身の中で思い「理想の走り」という物を追い掛けていた。 しかし、どんな走りをしたら良いのか分からなかった。 しかし今日この時。遂に見付けた。これが今まで自分が求めていた走りだ。 今までより速く。今までよりリスキーな走り。 ワンミスとクラッシュがイコールで繋がっている。 それから来る恐怖だろうか。ステアリングを握る手が震えている。 当たり前だ。最悪の場合死ぬ。そんな状況だ。 怖くて当たり前。 恐れて当たり前。 されど、体の芯は烈火の如く燃え滾っている。 相反する感情に、どうしようもない程の陶酔が去来する。 ああ、成る程。 「死ぬかもしれない」というリスクまでもが楽しいのだ。 愛機と共に命のやり取りを行いそのもの。それが楽しい。 満たされていく。 そして不思議と、車の状態も分かる。 右足がエンジンと直結しているかのように、アクセルペダルを何ミリ踏んでいるか分かる。 水で濡れた素肌がそよ風を感じ取りやすくなるように、車が後何ミリガードレールに近寄れるかが肌で分かる。 路面の状態がまるで直接触れているかのように、文字通り手に取るように分かる。路面温度まで分かりそうだ。 今の自分は、車を走らせるだけに存在している。 2台の戦闘機による排気音とスキール音は、途切れる事無く。右へ。左へ。 目も眩むハイスピードコーナリングの競演。その最中、やがて戦況にも変化が現れる。 車間が縮まっていくのだ。 コーナー一つ抜ける度、NSXとのアドバンテージが少しずつ近接していく。 その事実に、蓮はNSXの車内に設置されたモニターを見て気付く。後方との車の車間距離を表示している数値が、徐々に減っていく。 何故差が縮まるのか。蓮にはそれが分からない。 システムに接続されている、センターコンソールに備え付けられたタッチパネル。それを使い、システムに更なるペースアップを指示する。が、システムは各種センサーからの情報から、これ以上のペースアップは危険と判断。指示は拒否される。 現段階の走行データでは、これが限界。 されど、後ろのZは離れない。近付いてくる。 ──赤崎蓮は恐怖した。 後ろから迫る青山龍という存在そのものに。
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