SCENE.20 ABSOLUTE

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それはあまりにも。あまりにも青山襲には似つかわしくない発言であった。 予想もしていなかった発言に、空の体は一瞬痙攣するように反応した。 「・・・唐突。おまけに、らしくない・・・。」 「確かに、そうかもな。でもな、実はずっと前から考えてた事なんだぜ。これ。」 淡々と、さながら読書でもしながら語るような口調で襲は言う。 皮肉こそ言うが、襲は冗談を滅多に言わない。ましてや、走りに関して愚直な程真面目だ。 故に空は、今の引退発言に嘘が無い事を確信する。 空は質問を投げ掛ける。 「・・・なんで、辞めるの?」 「キリが良いと思ってよ。ハイズに出れば自分の実力がハッキリする。それならどういう結果でも諦めがつく。」 それに、と襲は更に付け足す。 「元々、一年って約束だったしな。・・・もうこれ以上アイツに・・・美佳に迷惑かけらんねぇよ・・・。」 そっと静かに。しかし憂いも混ぜながら、襲は悲しげに薄ら笑む。 その横顔に、空は掛けてやる言葉が見付からなかった。思い付く言葉のどれもこれもが安っぽく、意味など為さないものばかり。 暫く沈黙が続く。空気の質量が増えたかのようにズシリ、と肩に重くのし掛かる。 何か言えないか。何も言えない。 では何か聞けないか。 「・・・車は・・・Zは、どうするの・・・?」 空の中で真っ先に浮かび上がったのが、この質問であった。 あれ程あのZで走る事を好いていたのだ。気にならない訳が無い。 空の予想よりも早く、襲はより一層の憂いを含ませて答えを返した。 「・・・聞くなよ。そんな事。 ・・・今はなるべく、考えないようにしてんだからよ。」 明確な言葉として、答えは返って来なかった。 しかしそれだけでも充分に、質問の答えは空の中で固まってしまった。 バトルは中盤に差し掛かり、両者共に一歩も引かぬ膠着状態が続いていた。 片や機械が。片や己自身の手足が。現状で引き出せる最高のパフォーマンスを全て出して、三門のダウンヒルを猛然と攻め込んでいく。 この時、龍には心理的に余裕が出来ていた。 序盤こそはNSXのスピードと走りに惑わされた。 だが、何度も見せられている内にどういう物かは何となく理解出来た。そのスピードに対応出来るようになった。 簡単な事だ。 相手の走りに近い走りをすれば、自ずと互いのスピードレンジも近付く。 自身が培ってきた技術、経験。そこにプラスされる、才能とセンス。 それらが複合し、龍の中で何かが弾けた。
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