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宵闇迫る薄汚れた町を駆け抜ける。
この辺りは場所柄からか人気がない。“向こう側”との境界に近いからだ。
無造作に口を開ける路地へと入り込み、廃棄された錆だらけの自転車を、横倒しになったポリバケツを、油やよく分からない物が混じった水たまりを飛び越える。
境界の外では自らを守るのは力のみ。法も倫理も存在せず弱者は蹂躙されるだけ。
そう、今の私のように、
後ろから迫るのは数人の男の声。境界付近、治安の悪いこの地区で捕まってしまえば女である私がどうなるかなどわざわざ考えるまでもない。
遠出しようなんて考えたのが運の尽き。こんなことならあいつの忠告に従っておけばよかった。
追っ手をまくために細い横道へと飛び込んだ。迷路のように入り組んだ路地は方向感覚を麻痺させる。
逃げさえすればいいとは言え、私はこの辺りの地理に明るくない。更なる地獄へと迷い込んでしまいそうで不安が呼吸を乱していた。
もうすぐ日が沈んでしまう。いや、そんなことは些末なことだった。必死に走り回っていたんだ、どうせ帰り道なんてわかるわけがないじゃないか。
不運なことに、追っ手は路地の構造を把握しているのかじわじわと距離を詰めて来る。
何度目かの曲折の先、沈みゆく夕日が見えた。
ひとまず路地を抜け出そうと思ったが、足を止めざるおえなくなった。
目の前には私の3倍ほどありそうな高さのフェンス、その先には汚泥の流れる川。来た道へと視線を移す。しかし、足音はすぐそばまで迫っていた。
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