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口入れ屋の親父は辺りを軽く見渡しながら、ユーヤの方へと身を乗り出してきた。思わず、ユーヤの方が身を退いてしまったくらいだった。
「親父。近づきすぎだ」
「あぁ、すいません。ユーヤさん、アンタ、この国に来るまでは一体何をなさってたんです?」
この質問に、ユーヤは顔をしかめた。 口入れ屋の親父とはこの国に来てから、それなりに良い関係を築いてきているが、こう言った突っ込んだ事を聞かれたのは、初めてだった。
ユーヤは視線だけで、親父に何が言いたいのかを尋ねた。すると、
「いや、アンタが話したくないってんなら、それはそれでいいんです。ただ、巷でアンタの事を尋ね回ってる方達がいらっしゃるんですよ」
「オレの事を?」
ユーヤは形の良い顎に指を当て、思案する表情を作った。 自分の事を知りたがる人間がいるとなると、昔の仲間か、裏関係の仕事で携わってきた者達に限られる。しかも、仕事関係だとすると、女、子供以外は全て亡きものにしてきたユーヤだ。もしかすると、自分に怨みのある者がこの国に来ているのかもしれないと、ユーヤは思った。そして、自分を殺そうとしているのかもと…。
ユーヤは敢えて、その事を言わずに、親父へ質問した。
「親父。そいつは男だったのか?」
すると、親父は、
「一人は、そうです。噂では、どこかの騎士ではないかとの事です。そして、もう一人いるんです」
「もう一人?」
「はい。見た目は十代半ばの女性でしたよ」
「女性? 身に覚えがないな…」
騎士はとりあえずとしても、女性には本当に身に覚えがなかった。
口入れ屋の親父は、少し間を置き、
「実は先日、私の店にその二人が参りました。そして、こう言われました。『口に刀をくわえた羽根の生えた黒き虎』が『三日月の剣を持つ、死の皇帝を待つ』と…」
この一言が、ユーヤの心境にどんな変化を与えたかは、親父には分からなかった。だが、ユーヤの表情が今まで一度も見た事ない程に、殺意ににも似た雰囲気を出していた。
この表情に、親父は思わず、凍り付いた。そして、唸るように、ユーヤは言った。
「親父…」
「は、はい」
「その二人は今どこにいる?」
「街外れの宿屋におられますが…」
ユーヤはゆっくりと立ち上がると、刀を腰に下げ、家を出たのであった。向かった先は、その二人がいると言う宿屋だった。
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