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そして結局。
どうしようもならないと悟った俺は、気持ちを入れ替えることにした。
切り替えが早いのが俺の長所の一つである。
「――と、いう訳で世話になったな。マスター、後のことは任せたぜ」
「いやいやいや、待て。来るもの拒まず去るもの追わずというのは確かに俺のモットーだが、とりあえず待て。俺を殺す気か、お前は」
「大丈夫だ、人間そう簡単に死にゃあしねーよ。特にマスター程神経の図太い人間が寂しくて死ぬなんてこと…」
「ちげェよ。何で俺が寂しくて死ななきゃいけねーんだ。俺ァ別にテメェが何処へ行こうと構いはしねェ。ただ、あの餓鬼共が―」
「兎じゃあるまいし…て、あ。マスター知ってた?兎って寂しくて死んだりはしないんだってよ」
「人 の 話 を 聞 け !」
今までのいきさつを話し終え、カウンターに腰掛けたまま頬杖をつく。
うんうんと頭を抱える男。眉間には皺が刻まれており、あきれ返った様子だ。
此処はとある路地裏に佇む一軒の店、というかバーだ。この男はその店のマスター。そして此処が俺の主によく夜に訪れる場所。他にも俺と同じ年齢層の奴らが集まる。正確には集まっていた所に俺が入り浸っているという感じだ。
族、というかチームみたいなもん。
唯一そのチームに入っていないのが俺。
誘われたこともあったが特に興味も無かったため断った。喧嘩は好きだけど。
何故、だろう。
上手く答えられないが言うなれば雰囲気が気に入ったのだ。深く干渉したりはしない、軽く小突き合えるそんな関係。それに気に入られているという実感もあったから余計に心地よかった。気付けば抜け出せなくなっていた。…というのは言い過ぎだろうか。
実際抜け出そうとしているわけだし。まあ、それ程気に入っていたということだ。
「別れの挨拶ぐらいしてってやれ。つーかしてけ。俺の店が悲惨な状態になる」
今となっちゃチームの集い場にもなっているこの店は既に手遅れではないのだろうかとは口にしない。
俺は利口だ。
「ま、旅に出たとでも伝えておいてくれ。マジで世話になったな。もう会わないだろうけど、早死すんなよ」
「おい、だから待て――」
制止を聞かずに店を出る。
グッバイ、マスター。
普段は後が恐ろしくてできないけど、もう次はないからこんなことができるんだぜ。
次はない……、よな?
また再会しそうな予感がするのはきっと気のせいだと自分に言い聞かせた。
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