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大気圏まで突き抜けるような、透き通った青。
まだまだ夏の勢いを保持したままの眩しい太陽から目を守るため、知らぬ間にかざした手の隙間から見えたのは、そんな色だった。
「天気いいなぁ――…」
自宅の門を通り抜け、歩道に出てポツリと呟きながら朝の光を浴びていると、隣の住人に声を掛けられた。
「おはよう、虎狼君」
「おはようございます」
条件反射のように笑みを浮かべ、挨拶を返すと彼は爽やかに頷いた。
高くはない垣根から顔を覗かせて、俺の隣にいるだろう月華を探しているのが視線で分かった。
残念でしたね、月華はまだ家にいますよ?
夏休み中、帰郷したらしいこの大学生の隣人は、出掛けるときに見送ってくれていた月華に好意を抱いてるらしく、毎回俺をだしに使って月華との接触を試みていた。
鈍鈍生物の月華には、彼のそんな下心なぞ分かるはずもなく、惜しみない笑顔で答えるものだから、やきもきしてしまったものだ。
「おはよう、今日は早いんだね。
ん?お前が早起きするとは珍しいな」
家主も俺に気が付き、青年の隣に並んだ。
シルバーグレーの髪を綺麗に撫で付けた、気の良さそうな紳士である。最後の一言は息子に言った言葉だろう。
「おはようございます。木下さん」
「新学期だというのに随分と早いじゃないか、虎狼君。
月華ちゃんは一緒じゃないのかな?」
「月華はまだ寝てます。
始業式の準備で俺は先に行かなきゃいけなくて」
「そうか、朝からお疲れ様だね。
どうも月華ちゃんの『おはようございます』を聞かないと朝を迎えた気がしなくてねぇ」
そう言って残念そうに顎を触る彼に、苦笑いを返した。本当は今頃眠くてぐらぐらしながら、朝食をくわえているだろう。
月華は持ち前の愛嬌の良さでご近所さんに挨拶をするので、我が家に住んで2ヶ月弱の今では、近隣住人の人気者だ。
加えてあの美少女としか言いようのない容姿もプラスして、老若男女問わずに好かれているらしい。
もともと人懐っこい性格でもある。
――…学校では俺のせいで『嫌われ者』になってしまっている月華。
今日からまた始まるだろう、彼女へのいらぬ中傷を一足早く思い出してしまった。
木下親子に頭を下げて、足を進めた俺の視界にはもう革靴と曇り空のような色彩のアスファルトしか映っていなかった。
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