正義 ―憧憬少女―

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―――――――† 朝日の香りに混じって匂う香ばしい香り。それはレーズンや木の実が包まれたものだったり、形は細長い物や三日月のような形をしているものもある。 店の名は【トラウム】。この国で一番の味と人気を誇るパン屋である。といっても、パン屋はこの世界のどこを見渡してもウチだけなので競う相手もいないだけなのだが……。 ともかく、この世界で一番の味と人気を誇るパン屋で、出来たてのパンが並べられていくのがわたし、アルモニカ・ソレイユの毎日見る光景だ。 「アルモニカ、パンを運んでちょうだい!」 店頭からは見えない厨房から、母親の張った声が伸びてくる。 「ふぁ~い」 商品を並べる木製の棚に突っ伏している彼女。 明るい茶色の瞳が棚の表面に映る。瞳と同じ色をした長い髪は、ゴムでひと括りにして、さらに前髪が垂れないよう赤色の頭巾をつける。 わたしは自覚出来る程、気のない返事を吐き出して、しかし一向に動こうとする気配は微塵もない。 その通り、わたしは動く気力すらないのだ。 つまらない毎日。 そう感じるようになったのがいつだったかなんて、わたしは覚えていない。生まれてすぐではないと思う。 少なくとも、ある程度記憶がある幼少時代にはこんなことはなかったと言い切れる。 5、6歳の頃は母親の働く姿に憧れたりもしていた。母親が断るのもきかずに店の手伝いに躍起(やっき)になっていた頃もあった。 母がパンを焼き、自分がそれを運ぶ。慣れない手つきでパンを包み、カチコチに緊張した様子でパンを渡すとよく笑われたものだ。 パンの作り方を教わり、非力な腕で汗を浮かべながら生地をこねたこともあった。あぁ、懐かしや。 早起きは苦にならなかった。遊ぶ時間がなくても構わなかった。 忙しくても、そんな新鮮な空気に、自分は満足していた。充実していた。 だがまあ、当然そんなキラキラした想いが何年も続くかと言われれば全力をもって否定する。 毎日毎日パンパンパンパン。朝起きて『おはよう、パン』。昼になって『こんにちわパン』。お客に貰われていく時には『さようなら、パン』。 …………アホか。
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