正義 ―憧憬少女―

5/44
前へ
/117ページ
次へ
現在の時刻、実はもうお昼になろうかという時間だった。わたしを含め、普通ならこの時間帯はほとんどの人間が働いている。通常店に人が集まるのはもう少し経ってからだ。 その証拠に、今この店にはツィター以外の客はいない。 しかし彼は此処にいる。童話作家で学者で、あと暇なときには子供達に勉強を教えているらしいのだが――もっと真面目に働け。わたしは心の内と視線のみに留めて訴えてやる。 在(あ)りもしないおとぎ話や異世界の事を騒ぐぐらいなら、汗水流して薪(まき)でも割っててくれた方がよっぽど役に立つ。 そうしたらその薪はウチで使ってあげよう。 けど案外この男、焼きたてパンが並び、かつ店が混まない時間を把握している辺り性格は図々しいのではないだろうか。 「あっ、と……お願い、し、ます」 …………まあ、オドオドしながらパンを出してくるこの姿を見れば図々しさなど皆無なのは一目瞭然。 昼前や夜など、たんに混む時間を避けているだけだろうけど。 わたしはツィターに差し出されたパンを一瞥(いちべつ)。それぞれ包むため紙を取り出す。 そのときふと思い出した。それは前にツィターが話してくれた――つか、勝手にペラペラ喋った異世界についての話だ。 異世界ではこういったパンや水などは『カウ』ものだそうだ。『カウ』というのは何かを差し出して、それを払う代わりに物を貰う、いわば交換。ただしただ交換するのではなく『オカネ』というものが必要らしい。 そして『オカネ』を貰った側は、今度は自分の欲しい物を得るために『オカネ』を払い物を得るのだ。 つまり異世界では物を得る為に『オカネ』という金属を経由するらしいのだ。 なんとまどろっこしい。欲しい物があるならわたし達の世界のように直接欲しい物同士を交換してしまえばいいのに。 この世界はそんなに複雑ではない。 たとえばわたしが魚が欲しければ魚を持っている人に貰いにいけばいい。その代わり、もしその人がパンが欲しいと店に来れば、わたしはパンを渡す。 食べ物が欲しくても渡す物がない人は、掃除や建物の修理などお手伝いをして返す。 欲しい物を貰い、欲しい物を与える。凄く単純なものだ。
/117ページ

最初のコメントを投稿しよう!

466人が本棚に入れています
本棚に追加