正義 ―憧憬少女―

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なんでそんなに異世界は複雑なことをするのかと当時質問したら、ツィター曰(い)わく他の世界は人の数が此処よりもっと多いかららしい。そして世界ももっと広いらしい。 なんでも、一生かけても世界の隅々までまわるのは無理なんだそうだ。 今でもその話だけは驚きと共に憧れをもっている。世界をまわるのに一生をかけても足りないなんて……。 わたしは5歳の頃にはもうこの世界を散策し尽くしてしまったというのに。 紙に包んだパンを袋に詰めながら、やはりわたしは暇だったのだろう。久しぶりに彼に話し掛けてみよかなーという気になった。 「ねえ」 ツィターはわたしの声に過剰に驚くと、店内を見回す。そうしてビクビクしながら彼は自分を指した。 「僕……?」 「そうよ。アナタ以外いないでしょうが」 呆れる、というよりイラッとくる。怒鳴りそうになるのを、パンを詰める作業で誤魔化し、堪える。 「アナタまだ異世界の事調べてるの?」 「――――うんっ!」 途端、花開くようにツィターは笑顔になった。 「昨日も“森”で見たことない材質の破片が見つかってね! あと、“森”の局地で白くて冷たい粉みたいなのが降ってきたんだ。雨とは違うみたいなんだけど、触ると水になる不思議な――」 あぁ……失敗した。話しかけるんじゃなかった…………。 ツィターは仕事、特に異世界の話になると止まらなくなる事を忘れてた。子供のように目を輝かせて嵐の如く言葉が溢れかえる。 いつもはビクビクしているくせに……。 きっと今彼は此処にパンを貰いに来たことも覚えていない。もしかしたら目の前にわたしがいることすら忘れてるかも。 「この前もあそこで――」 ――さて、いい加減にツィターの話も飽きてきた。というか初めからそんな語り求めていない。いくら暇だといっても、彼の妄執(もうしゅう)に付き合うつもりは毛一本たりとも無い。断固として無い。無いったら無い。 ちょうど手元にあるめん棒で頭をかち割ってやろうかと本気で考え始めた頃、外の騒がしさに気付いた。 それは初めてではない、聞き慣れてしまった“喧騒”。刺激を求めるわたしだが、“気に入らない喧騒”だ。 パンとツィターを放り出して、わたしは外に飛び出した。
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