梅雪の売春街編・上

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朧月が綺麗に見える、ある冬の出来事でした。 山道で、草を摘んでいるらしい小さな女の子が、切り株に座っていました。 「ねえ、どうしてお兄さんは、そんなに大きな笠を被っているの?」 そう聞かれて、一寸戸惑いました。 自分の中では、旅に笠は必須だと思っていたからです。 しかし、その視線を見る限りでは、どうもそれが不自然であるようなのです。 そこで、僕は取ってつけた理由で太平楽を言って誤魔化しました。 「似合っているだろう、これはある人からもらった大切なものなんだ。これをつけていると、何か一緒にいるようでさ」 女の子は首を傾げました。 「じゃあ、だれから貰ったの?」 誰からだろうか。即興に嘘を喋ったもので、言い訳すら中々思いつきません。それに実を言うと、昔の記憶が抜けていて、今の自分の有様すらよくわかっていないのです。 僕は山里で餓死の寸前で助けられ、そうして幾年もそこで育てられました。 しかし、生後からその前の記憶が曖昧模糊なものになっていて、自分の名前すらも覚えていないのです。 しかしながら、何故か山里では『丈翔(ジョウカ)』と呼ばれていました。 名付け主も、その意図もわからない奇妙な名であるのに、僕はそれに愛着すら感じていました。 懐古に耽っていると、女の子は退屈そうにものを言いました。 「嘘つきだね、お兄さん」 「うん、そうだね」 少し矢を刺された気分になりましたが、間も無く立ち上がり、僕は木箱をしょって歩き始めました。 女の子は、無邪気に手を振っていました。 僕は笑顔を返し、その場をあとにしたのです。
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