リーダーについて。

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朝三時頃、まだ辺りは薄闇に包まれていて朝の気配も感じられない。薄っすらと道を流れる車の音に眼を覚ましたのか隣の群れの若鳥が、ああっああっああっと声を上げた。彼はまだ生まれて間もない、この森の全体起床時間など知る由も無いのだ。かくいう私も朝の三時はいつも寝ている時間である。 不精ではない、今街中に飛んでいっても実入りが少ないからだ。街中の飲食店が営業を終了し、一日のゴミを出すのが少なくとも四時過ぎ、住民が燃えるゴミを路上に放置するのも六時以降であることのほうが圧倒的に多い。つまり余計な力を浪費することを恐れる私達からすれば寝ていて然るべき時間なのだ。 隣の枝に止まった友人を横目で見る。人間に追い回されても餌を放さず、逆に復讐してのけた、近年稀に見る胆力の持ち主である彼は、若鳥のがなり声など意にも止めず眠りこけていた。 私が彼と行動を共にし始めたのは今年の八月あたりだ。いや、正確には私が彼の後を尾けまわすようになったのが、だ。良い餌場を見つけることが出来ず、アスファルトに転がる半死半生の蝉を抓む事で空腹を紛らわしていた私の頭上を、牛肉の脂身を咥えて颯爽と飛び越えていった彼は、猛禽類さながらの余裕と力強さを兼ね備えていた。彼について行けば餌にありつけると考えたのは私一人ではなかったようで、彼の泊まる枝にはいつもたくさんのフォロワーがひしめき合っている。 普通のカラスよりも二周りも大きな翼はこの一群の中の誰よりも多くの風を孕み、その鳴き声はビルの谷間を抜け眠る町に山彦のように響き渡る。 私達は人間や他の動物のように、群れにリーダーを据える事は無い。明治神宮を拠点とする私達の一団も、たまたま手近な森がここだったというだけで、血の繋がりがあるわけでもなければ、なにがしかの義理があるわけでもない。一体一体の気ままな生活がたまたま重なり合ったのがこの森だと考えていただければ良い。しかし、カラスという種の習性としてリーダーを据える事がなくとも、我々の一団だけを見れば、彼がリーダーである事は一目瞭然だ。人間のリーダーのように何かの権利を持つわけではないが、彼に従うことこそが己の生を永らえさせるための有効な手段であることは誰もが知っているから、号令をかけずとも彼の元にはカラス達が集まってくる。
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