春はあけぼの

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 女の声はえもいわれぬ哀愁を漂わせており、道成も悲しくなってくる。 「もし……そこの方。なぜそのように歌を詠んでおられるのか」  いてもたってもいられず、歌が終わるとすぐに女に尋ねた。 「……」 「あ……おい!」  しかし女は何も答えなかった。呼び止める声も聞かず、薄闇の中へと消えて行った。 (……泣いておられた……)  その橋にはもう道成しかいなかった。  その夜、寝床の中で女の歌が頭から離れなかった。 ――春を背に 我が身に積もる雪竹の おつる滴の いづことあらん―― 「……そうか、苦労をかけたね」  報告を受けた泰久は労をねぎらい、水桔と金衛を下がらせた。 「早々と終わらせてやる方がよいかもしれないね」  ゆらゆらと燃える灯台の火を悲しげに見つめた。
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