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空は夕焼けの朱と夜が連れてくる闇の紫が美しく解け合う。道を行く人々は真の闇を恐れ、無意識に歩を速めていく。しかし、橋の上に立っている女は時が止まったかのように動かない。まるで闇が訪れるのを待っているかのようだ。
遠くの方から笛の音が聞えてきた。笛の音は女が現れる夕刻になると聞えてくる。その旋律はもの悲しく、女の心に響き渡る。女はこの笛の音が聞えると、涙を流しながら己が作った歌を唄う。切なる想いを歌に込めながら――
「春を背に 我が身につもる雪竹の おつる滴の いづことあらん……ですね?」
泰久は女の歌を詠んで近付いた。
「あなた様はこの歌をお分かりになるのですか?」
泰久は女の問いに静かに頷いた。
「ならば探して下さいまし!…わたくしの夫を…」
愛しい夫よ、あなたがいなくなって私の心は雪のように悲しさだけが冷たく降り積もり、春が来ることはありません。あぁ…愛しい人。どこに行ってしまったの?
「お願い致します。どうか!どうか…」
ついに女は泰久にすがりついた。涙を流しながら、それでも必死になって懇願した。
「…貴女はその身体が無くなろうとも、ずっと探していたのですね?…幾百年も…」
泰久は女の肩にそっと手を乗せた。それはまるで哀しさに凍える女に、自分の熱を分け与えるかのようだった。
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