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(眠い……)
男は文机に右肘を立てそこに頬を乗せ、欠伸を噛み締めながら書簡を見ている。
本日昼過ぎまでに片付けた書簡は、すでに男の左側に目線の高さまで積んである。しかし右側の終わってない物はその倍の高さに積んであった。
(こんなに良い日に何ゆえこんな事をしなければならんのだ……)
外は雲一つない空。遠くで鳥の鳴き声が聞こえ、ちらほらと桜の花びらが散っている、陽気な午後だった。
この男、名前は加茂泰久(かものやすひさ)という。黒い髪を烏帽子の中にまとめ、文官でありながらその風貌は凜としていて「宮中の桔梗」と呼ばれているが、今のこの格好ではなかなか想像しにくい。
(そうだ。式神(しき)に書いてるフリでもしてもらって昼寝でも……)
そんな危なっかしい事を考えていたら廊下から足音が聞こえて来た。
「泰久殿ー!おられるかー?」
軽快な足取りで泰久の前に現れたのは、武官の出で立ちをした男だった。
「そんなに大きい声を出さなくても聞こえているよ。道成殿」
泰久の前に現れた男。近衛府に勤める男の名前は源道成(みなもとのみちなり)という。少し目が大きく、人懐っこい性格から親しい人には犬を彷彿とさせるだろう。
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