春はあけぼの

21/29
前へ
/37ページ
次へ
 何度己に言い聞かせても、期待は裏切られた。  すでに親兄弟は諦めていた。戦が終わって一年。帰ってこぬならもう……。  しかし女は必ず生きていることを信じた。何か理由があって帰ってこれないのだと。  それから女の旅が始まった。この時にはもう女自身、夢でしか夫の顔を思い出す事は出来なくなっていた。  とても辛い旅だ。それでも女は男に会いたい一心で旅を続けた。  しかし女一人で人を探すことは、雪原に落とした涙の一滴を探すことのように難しい。  人のつてを頼りながら、なかなか見つける事のできない夫を必死に探した。  しかし女の体力も限界に近付いていく。体は疲れ果て、服はボロボロ。都を目の前にしてついに女は力尽きた。  濁ってゆく女の視界には、もう夫の顔は写らない。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加