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目を覚ますと雨は止んでいた。日が沈み、辺りが薄暗くなっている。
(夢、か……)
袿をふり払い、上体を起こす。頬には涙が伝った跡があった。
(そろそろ支度をしなければ……)
涙の跡を拭い、立ち上がる。
「木深。支度をしてくれ」
多分近くに控えているだろう木深に声を掛けた。やはり木深は近くにいたらしく、返事をしてすぐに駆け付けた。
髪を結い、烏帽子をかぶる。裏地は朱の黒い束帯。衣に焚き付けているのは菊花だ。
「よく似合っておいでですよ」
泰久を着付けて木深は言った。
「このようなものが似合ってもね」
泰久は実に興味が無さそうだ。
「宮中の女房達がほっとかないと思いますよ」
木深の言葉に、泰久は苦笑いを浮かべた。
全ての身支度をすませた泰久は、父である陰陽頭の後を着いて行くように牛車に乗って内裏へと向かった。
――己を出しすぎては生きてはゆけぬ。それが人の世というものだよ――
その口元に微笑を称えながら、自らが放った言葉を頭の中で思い出していた。
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