悲しいこと

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 左手に、そして赤くませた素肌。それを舐めてみると塩っ辛い。誰の為でもない欲しがる眼でもない、ただ時間が遅くなればいい。それだけでいい。右耳からは血液、戯れの噛みつき、細い手足からのぞくかぎ針。月光に当てられたその瞳には月が浮かんでいる。月を一周して彼女はその月面に立っている僕にこう囁く、 「満月の気分よ」 そうしてざらつく舌で僕の疲弊を舐めとってくれるのだ。そうミルクを舐めるようにごくごく自然に。ふっと吐く空気は様々に様相を変えて彼女のもとへ届く。白さが透明に溶けていく。彼女はそれを受け取ると丸く僕の上で丸くなる。そして月面に向かって小さくきゅうと鳴いて僕を地球へと呼び寄せる。僕はふわふわと夜空を泳ぎ、そうして蛋白質の鞘に収まる。彼女の体温が浮遊感を伴って僕をまた泳がしにかかる。呼びつけておいて、と僕は軽く冗談交じりに不平を洩らすが彼女は構いやしないのだ。ただただ僕の膝の上で丸くなり時折、悩ましい嘆息をふぅと吐きだすだけなのだから。 かたはらに猫の眠る儘故に 我とて同じ眠りに沈まむ
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