ちぃが風邪をひいた日

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目の前が暗くなって、口の中にどんどん水が入ってきた。 僕は泳いだことなんかなくって、パニックになる。それでも小さな白い花に向かって前足を動かす。 一本だけを口にくわえることに成功した瞬間僕は大きな手に抱き上げられた。 「礼於!大丈夫か?」 おじいちゃんだ! ズブ濡れになったおじいちゃんが僕を抱きあげて心配そうに覗き込む。僕は助かったんだとほっとする。 ザブザブと水をかきわけ河岸へと運ばれる。 そこで僕は信じられないものを見た。 「礼於!礼於!!」 家で寝ているはずのちぃが、パジャマ姿のまま裸足で走ってきたのだ。 おじいちゃんもびっくりした様子でちぃを見つめる。 「起きたら礼於がいなくって…。一人で外に出たことなんかないから心配で…。」 息を切らせて僕を見る。 「どうして一人でなんか外に出たの!?河に落ちたなんて、おじいちゃんが助けてくれなかったら…」 言いながらみるみるちぃの目に涙が溜まる。 おじいちゃんはちぃの肩に手を置いて、なだめるように言う。 「礼於はちぃのためにここへ来たんだよ…。なぁ、礼於?」 そう言われて僕はやっとの思いで取り戻した白い花をちぃに差し出す。水に濡れて、花びらも何枚か取れてしまっていた。花束にしてプレゼントするはずのたった一本だけの白い花。 「礼於…。このお花を摘みにきたの?ちぃのために…?」 喜ぶ顔が見たかったんだ。ちぃにプレゼントがしたくって…。 こんなはずじゃなかったんだ…。 「礼於…。ありがとう。ちぃの好きな花覚えててくれたのね。」 大事そうに、花びらの取れた花を両手に持つ。 そしてズブ濡れになった僕を抱きしめる。 「ちぃプレゼントなんてもらうの初めてよ。ありがとう礼於…。だけどね、お花よりちぃは礼於が好き。大事な礼於がいなくなったらちぃは哀しいよ…。」 たった一本だけの花。ちぃのための小さな白い花。僕はちぃの顔を舐める。 ごめんね。風邪をひいていたのに、こんなところまで靴をはくこともせずに走ってきてくれたちぃ。 ごめんね…。傷だらけになった足。 僕のためにちぃが傷ついていい理由なんて一つもないのに。 「帰ってシャンプーだね。」 ちぃは僕とお花を抱えて歩き出す。 おじいちゃんありがとう。僕が申し訳なさそうに見ると、おじいちゃんが笑う。 「良かったな。プレゼントは成功だ。」 にこっと笑うおじいちゃん。僕は何だか照れくさかった。
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