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この瞬間、言葉はない。
沈黙は苦痛ではない。
何も言わずわかりあえる。
そんな空気が二人の間には流れている。
ケトルの中身がシューシューといっている。このまま時間が止まってしまえばいいのに。
「由里はまだ、俺のことが好きだよ」
ああ、この男はなんて自信過剰なんだろう。
そして、それは事実だから私は反論できない。
好き。
今でも好き。
この先他の誰と恋愛しても、他の誰と結婚しても、ずっと志朗のことは忘れない。
癪だから、それは言わない。
でも言わなくても、わかっているかもしれない。
笛吹ケトルが、うるさいくらいの音をたてた。
私は志朗の手をそっとよけると、火を止め、粉末スープをマグに入れてお湯を注ぐ。
スプーンでかき回せば、当然のようにお湯は粉の色に染まった。
まるで今の私の心のように。
危うい境界にいそうで、その実すでに志朗の手の中にいる。
たぶん、もうひと押しで落ちてしまう。
地元に決まった就職を蹴ってもいいくらい。
親を悲しませてもいいと思えてしまうくらい。
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