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ほとんど殴り合いに近い喧嘩をしたあの日、志朗は出ていった。
合鍵を置いて、出ていった。
喧嘩の理由は覚えていない。
たぶん、他人から見ればどうでもいいこと。
でも私にとっては重要なこと。
「今でも俺のことが好きだから、追い出さないんだよ」
「違う。もう興味もないから、追い出さないのよ」
私の強がりに、志朗は寂しそうな顔をした。
「そう言うことにしておこう」
「ごめんなさい」
どんな意味で言ったのか、自分でもわからない。
去年の喧嘩のことを謝っているのか。
今日、志朗の実家に行かなかったことを言っているのか。
素直になれないことをなのか。
だって、素直になってももうどうにもならないもの。
ただ、志朗を困らせてしまうだけだもの。
でもやっぱり、私は志朗を困らせてしまう。
喧嘩別れした、あの日の怒った顔ではなく、私がわがまま言ったときにいつも見せる困惑顔になっている。
「由里がまだ泣いているなら、本気で連れて行こうと思ったよ」
泣いているよ。
私は泣いているの、志朗。
本当は連れて行って欲しい。
でも、どこかでそれは間違いなんじゃないかって気づいている。
「泣いてない。一緒には行きたくない」
涙を噛み殺す。
鼻水が出る。
すすった音はきかれたくないけど、両手で顔を挟まれたままじゃ、ごまかすこともできない。
「そう言うと思った。だから、ちゃんとお別れを言いに来た」
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