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 注意なんて無意味だったのかもしれない。  去年の今日は雨で、路面は滑りやすかった。  事故を起こした運転手はしきりに謝罪をしていたみたいだけど、法的に何のつながりもない私がその人に会うことはなかった。  意識的にニュースを避けていた私は、それが男なのか女なのかも知らない。 「うん。だから由里は気をつけろよ。俺以上に注意が散漫なんだから」 「注意しない。きっとぼんやり歩いてて、志朗みたいにあっさり向こうに行っちゃうわ」  せいぜい、なにもできない自分にやきもきするがいいわ。  それか、私がどんどんいい女になっていくのを後悔しながら見ているといい。  そんなセリフは、負け惜しみにしか聞こえないから、吐き出しはしないけど。 「それはそれでいいかもしれない」  苦笑いを浮かべ、志朗は私をそっと引き寄せた。 抱きしめられる。  それは恋人同士というよりは、親が子を抱きしめる感触に似ていた。  でも、唇に触れた温もりは間違いなく恋人のキスだった。 「ありがとう、由里。俺は由里と出会えて幸せだったよ」  そしてごめん。  志朗の柔らかい声が耳をくすぐった。 「だった、なんて過去形はひどい。私は今も幸せだと思えるのに」  志朗の苦笑する声を聞きながら、私も彼の背に手をまわし、ぎゅっと抱きしめた。
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