贈哥哥

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   植は、道化をつづけながら、上座へ目をやった。  薄衣一枚でくつろいだ父の隣には、いかめしく髪を結いあげた曹丕(そうひ)の姿がある。快笑からひとり取り残された兄は、半端にくちびるを開いたまま凝然として、ひどく間抜けだ。  植は笑った。  丕の隣で空になった、自分の座がうらめしい。あそこへ座って、兄の顔を間近で眺めたかった。  曹操が立ち上がり、手で拍子を打ちながら、即興の詩を詠じはじめた。  客人からひときわ高い歓声が沸き起こるが、植の耳には届かない。激しい舞踏に巻き起こった旋風が、耳元で唸るばかりだ。  月光はますます冴え返り、肉を削ぐ激しさで幼い裸身を照らしだす。  息が乱れる。土埃に塗れた爪先がぬめる。足元が危うい。汗でしとどに濡れた肩へ、梅の花弁が降りかかった。膠でへばりつけたように、肌へ一体となる。  歓喜する客人の肌もことごとく上気し、毛穴からあがる湯気が宴席をおおった。蒸籠(せいろ)の中にも似た甚だしい熱気はむせ返るように濃密で、固く閉じた桃のつぼみが、今にも綻び、咲き乱れそうだ。  意識が混淆(こんこう)として、胸の内が溶けてしまいそうに熱い。  嗚呼、哥哥(あにうえ)。  植のくちびるから、甘い息が漏れた。汗がまつ毛を覆って、なにも見えない。だからこそ、押し殺したような兄の息づかいが、すぐ傍にかんぜられる気がした。  やわらかな吐息が直接に耳朶(じだ)へ流れこむ感覚に、植は陶酔する。  手の甲が鞠を弾く。指先が剣を嬲(なぶ)る。  大気の流れは緩慢で、心臓だけが早鐘のように激しく脈動する。  
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