弟兮弟兮

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   夜風が、いまだ果てぬ宴席から音曲を運んできた。  耳障りであるらしく、植の鼻頭へ浅く皺が寄る。ひそかな声で、丕は異国の旋律を口ずさむ。  御者が馬へ鞭を入れる。軽やかな音はにわかに遠ざかり、やがて聴こえなくなった。  あの息苦しい宴から本当に解放されたのだと実感する。深く息を吐いた。  不快げだった植の顔もいつしか緩んで、もとの無邪気な寝顔へ戻っている。  おもえば、戦に駆け回り、新妻へかまけ、一年ほども植の寝顔を見ていなかった。  弟の体を抱きなおす。肩幅が随分と広くなっている。肉の巻いて丸かった顔も、間延びしたような面長へと成長しつつあった。  このまま、苦労なく長じてくれればいい。丕は、植の額へくちびるを落とした。  ぞっとした。  弟は先刻、危うい橋を渡ったばかりだった。  おもいおこすと、抱いた体が掻き消えてしまいそうな気がした。必死に打ち消そうとするが、いちど脳裏に浮かんだ光景は、容易に消えはしない。  詩会の席。植が裸体をさらす。詩作の放棄。楽団は静まり返る。文人たちは青い顔。踊り狂う植。仙仙(せんせん)と体はしなり、天を指した指先が月に光る。  
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