51人が本棚に入れています
本棚に追加
「ヒッ」
その小さな悲鳴が全ての始まりだった。
悲鳴を契機として、普段ならば歩行者用の信号が緑色のランプを灯している間は途絶える事なく人がひしめき合う交差点の真ん中に、ぽっかりと直径二メートル程の空間が口を空ける。
その中心には腹部から血を流すスーツ姿の中年の男が腹部を押さえてうずくまっている。
男の顔は既に青ざめ、白いシャツは胸元まで赤く染まり道路の白線の上には、流れ出した血液が小さな血溜まりを作っていた。
出血によるショックからか小刻みに体を痙攣させる男の姿を取り囲む群集は、何をすればよいのか分からないと言いたげな困惑した表情でそれを見下ろし、悲鳴を上げる者、携帯電話で救急車を呼ぶ者、中には携帯カメラで写真を撮る者もいる。
既に歩行者側の信号は赤く灯っていたが、道路の中心の群集は動かない。
それに向けて車両はクラクションを鳴らし、交差点は悲鳴やクラクションが混じり合った不思議な喧騒に包まれていく。
二十分後に警察、救急車が現場に到着した時には既に男は自発呼吸、及び心臓の機能は停止しており搬送先の病院にて死亡が確認された。
最初のコメントを投稿しよう!