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使用した食器を片付けた夏川は食堂の隣にある喫茶室に向かう。
喫茶の言葉を冠する割には場末の酒場を思わせる程の陰気さが漂っているのだが、夏川はそんな空間が好きだった。
室内は6畳程の広さで半分が機材や豆に囲まれたマスターの空間、残りの半分がカウンターになっており満員でも8名しか座れない。
薄暗く間接照明でぼんやりとしたオレンジ色の灯りに包まれた薄ら狭い空間には、他の客の姿は見当たらない。
夏川がいつもと同じくカウンターの一番端に座りサモレ・カフェオレを注文すると、サイフォン式の心地良い音が響いてくる。
壁に反響して広がっていくその音を心地良く楽しみながらポケットから紙片を取り出すと、夏川はもう一度眺めて見る。
「神田さん、ちょっと聞いていい?」
夏川は視線を前方に向けると、ティーカップにミルクを注いでいる白髪というよりは銀髪に近い60手前程の男にそう尋ねた。
神田と呼ばれた男は視線を質問者に向ける事なく微かに頷く。
それを受け夏川は更に尋ねる。
「サベスティって知ってる?」
夏川の前にティーカップを置くと神田は頭を左右に振った。
「そっか。じゃあいいや」
ポケットに紙を仕舞い掛けた夏川の前に神田は立つとマイセン調の純白なティーカップを白いナプキンで磨き始めた。
「それは、事件に関係ある暗号か何かなのかい?」
神田のその問いに夏川は゛さぁ゛と小さく声を漏らし首を傾げ、ティースプーンでかき混ぜるとカフェオレの表面にマーブル模様を描いた。
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