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「狭いね」引越しの日に初めて、これから自分が生活を送る部屋を目にした。 「広かったら掃除が億劫なものよ」隣に立つ、紺のジャージに白いTシャツ姿の叔母さんが腰に手をあて、前を向いたまま言った。 ぼくよりは長い年月を生きているだろう建物の一室は、お世辞にも良い部屋には見えなかった。「畳だし、古臭い」 「畳だから味わいがあるのよ。それにフローリングだと寒い」 「風呂とトイレが一緒だ」 「手間が省けていいじゃない。トイレの後の拭く手間が」くだらない事を言いながら自分で笑っている。 変なプラス思考にため息をついているぼくの方へ、叔母さんの笑顔が向く。 「これから自分の世話になる部屋なんだから、愛しなさい」 愛しなさい、とは叔母さんがよく言う言葉だった。 好んで使っているのかどうかは分からないけど、ぼくはその言葉を聞くと、なんだか恥ずかしさを覚えた。 「とりあえず、パパッと終わらっしちゃおっか」笑顔でそう言った叔母さんを見て、あなたがいなければ多分もっと早く終わりますよ、と言いそうになる。案の定、物を部屋に入れ始めてから、あーでもないこーでもない、やっぱりこっちの方が何かと便利だ、と予定より二時間オーバーの、ある意味電話を切ってから予定通りの、進行状況だった。 途中、四度目の洋服ダンスの位置替えの時に思い切って言ってみた。 「どうせぼくが使うんだから、どこでも良いよ」 叔母さんが一瞬、腕の力を緩めたのだろう。タンスの反対側を持つ父が、腰を落として踏ん張った。父の目線がぼくに訴えかける。親不孝者め。 「あなたの」声と同時にタンスが持ち上がり、父が不意の変化に対応しきれずよろける。叔母さんが微笑みながら言った。「あなたの使うものだから、どこでも良くないのよ」 よっ、と声を出して、四度目の目的の位置にタンスを持っていく。 ダンボールを持ったままのぼくは、叔母さんの背中に視線を合わせたまま立ち尽くしていた。
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