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「ヒッ……しゅ、修羅!?」
男は己の背後にいる人物が修羅だと気付くと、一目散に逃げていった。
いくら修羅に殺されるのが役人ばかりであっても、恐いものは恐いのだ。
修羅は其れを気にした様子もなく口を開いた。
「とんだ跳ねっ返りじゃねェか。まさか死にたかったわけじゃあるめェ」
狐面で表情は判断出来ないが、声音は
迚も楽しそうだ。
それにむっとした琴音は、思わず声を上げた。
「馬鹿な事言わないで!!死にたいなんて思うわけ……」
琴音は其処まで言って口を噤んだ。
先刻まで留守にしていた事が、ひょいと帰ってきたからだ。
青褪めた二人を見て、修羅はくつくつと笑った。
「随分じゃじゃ馬に育ったもんだ。こんな時間に外を歩くなんざ、陸(ろく)な目に遭わねェよ。特に女はな」
“女は”という言葉が、暗に何を意味するのか、理解出来ない程馬鹿ではなかった。
益々顔色が悪くなった二人を余所に、修羅は背中を向けて歩き始めた。
「精々気を付けるんだなァ」
其の言葉は二人に執拗に絡み付いた。
修羅は二人から大分離れた所で立ち止まると、空を見上げた。
其の時、姿を持たない声が唐突に降ってきた。
「素直になればええのに……」
高くも低くもない中性的な声音。
修羅は別段驚いた様子もなく、丸で聞えなかったかのように空を見上げた儘だった。
「今夜は月が見えないな……」
長い沈黙の後、ぽつりと呟かれた言葉に、姿無き声は拗ねたように声を発した。
「無視かいな……」
其れでも反応しない修羅に、声の主は諦めたのか、ふっと消えた。(元々姿は見えないが……)
「素直になれるわけあるめェよ……修羅は闇に生きればいい」
そう言って歩き始めた修羅に、闇はそっと手を振った。
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